ファイヴ・リーヴス・レフト
彼の名盤、最高傑作といえば、普通最終作の「Pink Moon」だろうし、もちろん僕も大好きだ。しかし、あれは、聴く時の心境やタイミングによっては、感情移入しすぎて、つらくなることも多い。あまりに研ぎ澄まされて荒涼としたサウンドは、至高の美しさでもあり、人を寄せ付けない孤高の高みでもあり。こんな事を聞いたことがある。彼のオリジナル3作のうち、本人が一番自信作とするのは、1ST(本作)、プロデューサーや関係者、参加ミュージシャン達が最高作とするのが2ND、そして、彼の関係者達は聴くのが辛いほどだと言うが、ファンにとって神格化される名盤が3RDだと。なんとなく聴いて分かるのは、常にニック・ドレイクの作品には切なさ、寂しさはつきものだが、それを冷静に客観的に本人が眺めて、コントロールして、余裕を持って作っていること。だから、一番素直にこの高貴で優雅なメロディに浸ってられる。対して2ND、これも無論名盤!だが、本人は、アレンジ過多というか、色んな参加ミュージシャンが集められたことに不満があったよう。確かに一番ゴージャス(彼の作品としては)な作りだし、ドラムも結構入って、ロックっぽさがある。あれはあれで良く聴く。そして、当然、最終作も。ただ、今、アイポッドの再生回数履歴を見ると、一番聴いているのがこの1STだと確認し、そうだろうなと思った。どの曲がいいというより、全て良い。アレンジも、少なすぎず多すぎず、絶妙。
ニック・ドレイク―悲しみのバイオグラフィ
あまりにもシャイで人と接することを苦手とし、ライブを行うことに心底嫌気がさし、またとない才能を持ちながらも成功を収められずに精神を蝕まれ、そうして摂取したドラッグや抗鬱剤によってさらに状態が悪化する…、本文のおよそ半分には、勿論そういったやり切れない事実が書かれている。しかし、幼少期や高校・大学時代、デビュー当時の彼は冷静ではあったものの人当たりが決して悪くなく、思いやりのある家族や周囲の人々に恵まれ、音楽やスポーツ、旅行などを楽しんでいたとの記述もそこかしこに見られるし、本人にとっては遅すぎたことかも知れないが、死後に彼自身と彼の音楽が多くの人に知られ、愛されるようになった記述もある。
何よりも死の直前の数週間、ニックが快活な様子を取り戻して音楽活動を再開したいという意向を口にしていたことを彼の両親の証言から知った。そして、死の原因が寝付きの悪かった際の坑鬱剤トリプチリンの過剰摂取であり、自殺の意図を必ずしも示すものではないということも。
本文は家族、友人、仕事関係者を中心とした驚くほど数多くの証言から成り、ニック・ドレイクの真実の人生に近付こうとする真摯なもので、過剰なところは少なく、時に拍子抜けするほど地味ですらあった。しかし、その姿勢は実に好ましいものであり、ニックの生涯を多面・重層的に捉えて大いに関心を傾けて読むことを促すように思われる。
それゆえに『ニック・ドレイク 悲しみのバイオグラフィ』という邦題がつけられているのが残念でならない。原題が『Nick Drake The Biography』であり、できるかぎり真実の歪曲を避けるものなのに。せめて、この本を読む人に少しでも彼の本当の姿が伝わることを願います。そして、ニック・ドレイクのうつくしい音楽が偏見なしに愛されますように。
Pink Moon
ニック・ドレイクの唄、自身が弾くギターとピアノ(A-1)だけで構成された全11曲。収録時間は約28分。つい繰り返し何回も聴いてしまう、不思議な魅力をもったアルバム。冬の朝に熱いお茶を飲みながらよく聴くアルバム。夜更けに聴くのも良いが、ニック・ドレイクの世界に引きずり込まれもうなにも手に付かなくなってしまう。「Horn」(A-5)が特に気に入っている。
Five Leaves Left
秋の夜長に、床にごろんと横になって、ヘッドフォンを付けてでかい音で良く聴いてました。
アクースティックギターがまるで女神か天使がつま弾くハープの様に鳴り響き、僕の体をほんの数センチ浮かせてくれます。
超絶アルペジオ!!
年に数日の、梅雨が終わる頃の、奇跡的に良く晴れた、夏山のほんの少し手前の、山のてっぺんの春の花と夏の花が入り乱れて咲き乱れる、そんなところでキャンプして、一人山頂に寝転んで、怖いくらいに大きな夜空と、眩いくらいに光る星と、ここは天国に一番近い場所か、人知れず咲き誇り、ただ爛々と光り輝く星達。
岩と花と空と星と。
何も無いかに見えて、完全に満たされてある!そこには!!そんな音楽。素晴らしい。
Bryter Layter
1970年発表のセカンド・アルバムは、ファースト・アルバム「Five Leaves Left」のセールス不振に打ちのめされつつも、その才能に信頼をおいていたプロデューサー、Joe Boydに励まされながら、期待を込めて間もなく発表された作品です。なにかちょっと嫌なことがあったけれど気分を変えようとでもいうように、ファースト・アルバムの雰囲気からやや舵を切り直されたようにも感じられます。一般的には、全体に少しポップで、ジャジーなアレンジが施された楽曲が収められており、他のアルバムと比べていくらか装飾気味の作品として、また、「Fly」や「Northern Sky」にはThe Velvet UndergroundのJohn Caleが自ら積極的に関わっていることなどからも、他の作品とは一線を画した印象のものとして受け取られているようです。その反面、最初と最後にインスト楽曲と、さらにもう1曲のインストが収められ、Nick Drakeの歌声や歌詞を聴きたいという点では、いくらか物足りなく、あるいは地味にすら感じられる可能性のある作品かも知れません。
しかし実際は、他の2枚に十分比肩する(どころか、Nick Drakeの全ての作品に携わったエンジニアのJohn Woodは自分の経歴の中でも最も完璧なアルバムだといっています)素晴らしい内容で、特にNick Drakeの代表曲としても際立った楽曲「Fly」「Poor Boy」「Northern Sky」などが収められています。中でも「Northern Sky」については、ラジオのドキュメンタリー番組上で、彼の全作品の中で“最も美しい曲”として紹介されています。また、よく耳を傾ければ、3曲を占めるインストもNick Drakeの特徴的な音楽性をよりはっきりとした形で伝えているのがわかります。
この後、サード・アルバムの制作に臨んで、Nick Drakeは再び作品の方向性に舵を切ることになりますが、かつてNickの才能を見いだしたJoe Boydはその最後の作品(「Pink Moon」)について、自分にはあまりに荒涼とした作品に感じられる、というような感想をこぼしています(ごく近い立場から全てを見つめていたということも理由だと思われます)。その荒涼としたラスト・アルバムの内奥から伝わってくる特別なきらめきとは別に、セカンド「Bryter Layter」の素晴らしさは、一般的な基準からいえばそれでもまだずっと素朴でささやかな響きではありますが、しかし確かに聴こえてくる希望をたたえたその伸びやかさだと思います。Nick Drakeの大抵の曲からは、Nickのうつむいた姿が浮かぶようですが、「Northern Sky」では上を眺め、先を見つめているNickの姿が窺えます。歌詞“Brighten my northern sky”というのは大ざっぱに、“ぼくの空の中心(北天)を明るくしておくれ”ということ。この曲ひとつをとっても傑作ですが、他の2枚とはまた別の意味で、本当に素晴らしいアルバムです。