藤十郎の恋・恩讐の彼方に (新潮文庫)
「恩讐の彼方に」がいい。カルト映画と言っていい「エル・トポ」。「恩讐の彼方に」が、「エル・トポ」のベースになっているという評論を読んで、興味が湧き読んでみました。
江戸時代、主人を殺害すという当時の価値観において極悪の行為をして、それでも正当化する主人公。逃避行のなかで自分の行いを客観視できる場面に遭遇し、自分のマイナスの側面にやっと気づく。迷い、苦しみ、何ができるのか?罪悪感、苦しみ、憎しみなどいくら観念的に考えてもなにも生じない、身体を絡ませて行動していくことで、少しづつ解放され、信念が固まり、尊敬を得られていく姿が描かれている。そこには、本人にとって、人からの評価など関係のない、僭越な表現で恐縮するが、自分の魂を救うための行為というものだろうか、長い歳月をかけて一心不乱に取り組む姿が描かれている。その行きつく先に見えてくるものとは何か。読了後、余韻と想像が交差する。
読みにくい漢字(そんなに読みにくいとは思えないが?)にはルビを振っているし、本書の後半で語句の説明もしています。作品の解説も一部混じっています。それも参考になります。このreviewを読んで、興味があっても読みにくいという印象を持たれたならば、そんなことはないですよと言いたい。短編だし隙間時間で十分いい読書体験ができると思いますし、一度読めばまた再読したくなるでしょう。お薦めです。
摘録 断腸亭日乗〈上〉 (岩波文庫)
大正から昭和の永井荷風の生活史である。
昭和の初期から、軍事色が強まって行く中、庶民が何も知らされず戦争に引き込まれて行く生活の実態を著している貴重な記録である。
DS図書館 世界名作&推理小説&怪談&文学
DSの文学全集シリーズの中でこの作品だけは推理小説が入っているので、このソフトを選びました。海外作品も多く収録されていて何となくイメージに残っていた作品を改めて読んでみると結構よいものです。また、外出の際にもこれ一つでよく文庫本を何冊も持って行く手間は省けるし、途中で簡単に中断できるところも良いと思います。
しかし、'@まず字がどうにも読みにくく目が疲れます。'A結構誤字や表現のエラーがみられます。この点はどうもいただけない感じがします。
DSならではの文学作品集という発想は面白いし、今後もこのようなソフトは期待します。次回作からの改善・工夫がされればもっと良いかと思います。
総論的には買って損はないと思います。
ドキュメンタリー 頭脳警察 [DVD]
あの伝説的ロック・バンド『頭脳警察』。ロックが若者の反抗、社会批判を、過激で暴力的な表現で代弁していた昭和40年代半ば、PANTAとトシにより結成された彼らは、赤軍三部作といわれる「世界革命戦争宣言」「赤軍兵士の歌」「銃を取れ」の、赤軍派に触発された曲を演奏し、他の曲もラジカルな批評性の元に、日本語歌詞により独自の世界を作り上げ、ロックの中でも突出したバンドとして、圧倒的に支持されていた。彼らの演奏は世界に先駆けたパンク・ロックだったのだ。昭和40年代の終焉と共に解散したが、節目節目に再結成と解散(自爆)を繰り返している。
その『頭脳警察』のドキュメンタリー映画である。3部構成で、合計5時間15分もの大作だ。2006年から2008年まで、PANTAのバンド活動から頭脳警察の再始動に至るまで、彼らに密着して撮影されたものだ。先回りして言ってしまおう。この映画は頭脳警察が存在する時代のドキュメンタリーであり、再始動・頭脳警察のプロモーション・ビデオであり、頭脳警察・再始動のメイキング・ビデオである。そしてその背景には「戦争」という各々の時代の刻印が、はっきりと浮き彫りにされているのだ。
1部は結成から解散までの軌跡を、映像やインタビューを交えて纏めている。
2部は従軍看護婦として南方に派遣されていたPANTAの母親の軌跡。そして重信房子を介してのパレスチナ問題への関わりが中心となっている。優に二本分のドキュメンタリー映画が作れてしまう内容だ。
3部は各々のソロ活動から頭脳警察再始動に向かってゆくPANTAとトシ、そして白熱の京大西部講堂での再始動ライブへ。
ベトナム戦争から、赤軍派の世界革命戦争へのシンパシー。大東亜戦争当時、病院船氷川丸での母親の軌跡を、船舶運航記録によって、戦前戦後を通底する時間軸に己が存在する事を、PANTAが確認する辺りは圧巻である。そして中東戦争とパレスチナ。現在のイランなどに対する「対テロ戦争」という名の帝国主義戦争。なんとオイラと同じPANTAの世代は「戦争」の世代ではないか。
頭脳警察はその政治性によって語られる事が多い。しかし、本来はその存在や演奏自身がより政治的な意味合いを持っていたのだ。その事を自覚することにより、PANTAは「止まっているということと、変わらないということは、違うんだよ」と言うのだ。重信を通してパレスチナ問題に関わることを、落とし前を付ける、と言うのも、かつて赤軍三部作を歌い、赤軍派にシンパシーを感じた自分自身に対することなのだろうと思うのだ。
丘を越えて [DVD]
本作は、菊池寛の伝記映画的な要素もありますが、伝記映画というわけではありません。彼の私設秘書(池脇千鶴がとてもいい)の目を通して描く実録風(←ここが肝心)のフィクションになっています。
描かれるのは昭和5〜6年のわずかな時間だし、実際、菊池寛の確かな人物像というのはよく分からない、多面的であり謎の多い人物であったようです。「人情」の人であり、「面倒見のよい」人物であったことは映画のとおりなんでしょう。風貌は勿論、そういう意味でも菊池寛はもう西田敏行以外にはあり得ない。そのぐらいの名演であり、はまり役でした。
それにしても、昭和5〜6年の東京は、まさにモダンでしたね。江戸から明治・大正へと受け継がれていた日本の風俗風習と、海外から輸入された西洋文化の融合。「恐れ入谷の鬼子母神」「あら、松っちゃん、デベソの宙返り」とかの言葉遊びも普通に生活に生きていた。(笑)
高橋伴明監督としては、前2作(「光の雨」「火火」)ほどの「社会性」はやや薄いが、エンタテインメントのなかで考えさせられるエピソードがあちこちに仕掛けられていた。また、葉子が、知りあうことになる朝鮮人・馬海松(西島秀俊が雰囲気ぴったり)は、朝鮮の貴族の末裔で、菊地に可愛がられており、新刊雑誌『モダン日本』の編集長をまかされます。時代は、急速に軍部独裁と大陸侵略へ向い、日本人ではない彼は次第に居場所がなくなっていく。個人的かつ社会歴史的なキャラクターとして、非常にうまい登場人物設定でした。
ラストは、戦争に突入していく暗い世相の中でハッピーな「丘を越えて」という曲をミュージカル仕立てで登場人物全員で歌い踊る。これはこれで、カーテンコールとしても、逆説的な世相批判としても生きていたし、なにより観ていて楽しい。