バゴンボの嗅ぎタバコ入れ
1950年から63年まで、ヴォネガットがTV登場前の人々の娯楽であった様々な雑誌に発表した短編23作を集めてほぼ発表順に並べた作品集(1作だけかなり書き直している)。これらを収集した研究家の序文、ヴォネガット自身が熱く語る「はじめに」(創作講座初級篇8箇条は必見)と「雑誌作者としてのキャリアに関するむすび」、それに訳者の1人の浅倉久志氏(もう1人は伊藤典夫氏)による「ヴォネガット作品のルーツ」と「文庫版に寄せて」(ヴォネガット死後に書かれた)を含めると560頁になる。しかし、短編は長くても約25頁。1番短いのは8頁。SFと呼べる作品は2編だけ。そのうちの1つが、後の長編「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」にキルゴア・トラウトの作品のショート・ショート的紹介で登場する「2BRO2B」であるのは、ヴォネガット・ファンなら見逃せないでしょう。
その2編を除くと、何れの作品も、50年代から60年代初頭までのアメリカの世相とそこでの人々の生活の1コマを鮮やかに切り出しており、ほろ苦い、あるいは辛らつな結末を迎える作品でも、人間を見つめる作者の視線に温もりを感じる。やはりヴォネガットは優しい人だ。作品は何れも作者が修行時代のものだと言っているのが謙遜としか思えない程完成されている。ロアルド・ダールの「あなたに似た人」にも匹敵する短編集の傑作だ。私は中でも退役兵が失いかけた誇りを取り戻す「記念品」と「ジョリー・ロジャー号の航海」が好きだ。3編に登場する、リンカーン高校のマーチング・バンドを一流にすることしか頭にないヘルムホルツ先生の話も面白い。ヴォネガットの初期短編集としては「モンキー・ハウスへようこそ」と対をなすものなので、もしまだそちらを未読の人には併読を薦めます。