枝野幸男学生に語る 希望の芽はある
民主党・衆議院議員・枝野幸男(以下枝野)の聖学院大学政治経済学部での講演録に
学生との質疑応答を加えとりまとめたもの。気軽に短時間で読める一冊。経済通や
投資家向けとしては物足りない内容だが今後の日本経済が進むべき方向性、考え方に
ついて分かり易く(文字にすると中々分り辛いが)枝野節で論じられておりまずまず
お薦めの一冊と言える。
枝野は’12.3月時点で経済産業省大臣のポストにあり、日本経済の方向性を示す役割
を担う。大量生産、大量消費から脱却が必要な時代認識を持つ必要、いわゆる
「脱近代」
が持論だ。
今後の日本経済に「坂の上の雲はない」が一貫した主張であるが「希望の芽はある」
という本のタイトルは今現在日本が置かれている状況を逆説的に表現している。
この言葉は恐らく枝野の心境そのものだろう。
日本人は「豊かになった物やお金というものがあるのだから物やお金で買えない希望
と言うものをしっかり見出して、そしてその希望を実現していくことのできる、そんな
社会を作っていく、その時代変化というものをしっかり認識することができるかどうか
が実りある人生を生きていけるかどうかのわかれ道だ」と、これまでの物やお金中心の
価値観からの脱却を学生に説いている。
今後の日本が経済大国として生き残っていく一つの活路として部品産業、もっと言えば
素材産業へ、恐らくは一般的に中小企業が該当する領域に特にターゲットを絞って活路
を見出そうともしている。(そしてこの話と若者の就職難を結び付けて論じている当り
はよく考えている)そして
「先を見て世界と繋がっていく、日本だけが生き残る戦略に未来はなく、つまり資源も
乏しく人口減少国の日本がこの先も世界と伍していくにはこうした世界水準の技術を生
みだし、生かしながら生きていく必要がある。いやむしろ世界と調和していくにはそう
した役割を担う以外生き残る道がない」
日本が科学技術立国として生き残るため研究者としての存在意義を説かれる際に聞く
理工系出身者には慣れたフレーズだ。
日本の経済成長とはそうした狭く険しい道しか残されていないことを、国民のマインド
に敏感である筈の政治家も受け入れ、対話せざるを得ない状況ということだろう。
キレのある語り口で論客でもあり、弱点と言われる外交面も精力的にこなしながら着実に
実力をつけている印象だが、現在の枝野の断面を集約した一冊で経済産業省トップのシン
プルな考えが分かる。
座右の銘が中国の中庸の
「我は我が素を行う」
素で頑張る、素がしっかりしていないといけないし、素の処でしっかりするんだという
のだそうだ。私の会社人生も全く同感だ。つくづく地に足が付いていると思う。
「事業仕分け」の力 (集英社新書 540A)
事業仕分けの中心にいる枝野幸男議員本人が、事業仕分けについて幅広く一般向けに説明した本。蓮紡議員などの寄稿も含まれている。よって、賛否はともか く、事業仕分けについて自分の意見を持つ場合は、とりあえず読んでおくべき一冊だとはいえるだろう。未来の歴史家が事業仕分けについて検証する時にも、こ の本は参考文献のひとつとして名を連ねることになる筈だ。
簡単に読める。重箱の隅をつついているようなやり取りも生々しく記述されているので読んでいて気持ちのいい本ではないが、断片的な情報によって誤 解が生じている事業仕分けの意味と実際の内容を何とか理解してもらおうとする姿勢は読み取れる。読者に対して、自分なりの意見を誘発させてくれる内容でも ある。そもそも、我々の税金の使い道についての詳細な検証と議論の場であり、賛成するかどうかは別として、国民が無関心であって良いわけが無いテーマであ る。
個人的には、外国にモデルがあったことや、原発の是否といった政策判断にゆだねることは対象外とするルールがあることは、この本を読むまでよく知 らなかった。また、マスコミによって繰り返し報道されて批判を浴びた一部の場面に関しての釈明もある。また、わかっているつもりでも、特殊法人や公益法人 を通じた天下りによる巧妙に仕組まれた利権構造には、あらためて呆れてしまう。
もっとも、税収の落ち込みや歳出増に比べて、いまのところ事業仕分けによる予算削減効果は限定的だと言わざるを得ない。今後の方向性についても述べられているが、カナダの例ほどの効果を出せるかどうか、その行方を見守りたい。
官愚の国
「日本中枢の崩壊」(2011年)古賀茂明を読むとあと数年の猶予があるように思われるが、本書に来ると「傾き続けてこの先どこまで行っても浮かぶ目無し」と考え改める。
本書は内部告発の一種と言われるだろうが、告発というのか国民不在の利益闘争の茶番山盛り状態では告発の域を超えている。
原発を監督する部門が同じ役所の下にあった。一旦事が起きると糊塗されていたシステムがモグラ叩きに出る。こういった人災の被害者となる国民の方は堪らない。税を被り、放射能まで被る。天下りを一掃する言うから期待した政党が、直ちに宗旨替えの腰砕けとなる程度の国には良く似合うというべきか。
本書を見ても官僚制度の内部からの改革は全く期待できない。というより、一義的に改革とは自己反映のために肥大してきた独法などを切り捨てるに過ぎない。
今後数年で国の借金が国民の金融資産を上回り、2011年のギリシャのような状況が視野に入るまで5年か?10年も持つまい。その時ようやく山県有朋以来の大改革とマスコミが騒ぐには時期を逸している。その期に及んで年金も失っているだろうけど、日本人は改革と言うんだろうか。
「われら富士山」お山の大将で、同じ学校の先輩後輩がリレーするシステムを優秀だからなんて社会が続く異常がとうとう崩壊する事態となるところ。