鯨の王 (文春文庫)
う〜ん、口惜しいなぁ。
本の帯の推奨文曰く、「深海で繰り広げられる死闘に興奮した」、「読み始めたらやめられなくなる」、敢えて名は秘すが、どちらも冒険エンタテインメント小説を語らせたら信頼が出来る人物たちの惹句とわが国では稀な海洋アドベンチャーとの触れ込みにそそられて読み始めた。
海洋生物学の世界では幻の海獣と呼ばれるダイマッコウが暴れまわると思えたお話にも拘らず、米潜水艦が遭遇するまるでモダン・ホラーのようなゾクゾクするプロローグに、小松左京の「日本沈没」の田所博士を想起させる偏屈で頑徹な鯨類学者の登場、小笠原海溝探索中に発見された巨大生物の遺骨、何者かによる研究所の夜荒らしと序盤は極めて快調なのだが、ここからの停滞が著しい。
巨大製薬会社をスポンサーに自らの夢を追い続ける学者とまだ若き日本の女性パイロット、海底基地ロレーヌクロス、イスラムのテロ組織、米海軍とそれを指揮する冒頭の“事故”で肉親を失って復讐に燃える軍人等、幾つかのドラマが、“幻の海獣”を巡って展開するのだが、これがなんとも冗長なんですね。それなりに個々の人物の内面を掘り下げていけばもっと面白い“ドラマ”になるだろうに、間延びして一向に盛り上がってこない。
“海獣”がその全貌を現した後の最新の米潜水艦とのチェイスはぐいぐい読ませるが、それとて全体のバランスからして1割程度、ダイマッコウが変質化し凶暴になった理由もありきたりで妙に取って付けたようなモノだし、そもそもその悲しみが顕現化されてこないので、彼ら(ダイマッコウ、ね)に感情移入することも、人類(当事者)のエゴに怒りを覚えることもない。
“ドラマ”も不在だし、“海獣”も役不足、“環境問題”へのアプローチも物足らない、著者は書ける作家だと思うだけに残念。
辺境生物探訪記 生命の本質を求めて (光文社新書)
深海底から宇宙まで幅広い活動を行っているインディージョーンズこと長沼先生と、「ハイデューナン」、「鯨王」の藤崎さんの対談、面白くない訳は無いが、酒屋から始まり、水族館、温泉、地底、そして最後は宇宙観測所と違った場所で時折ゲストを迎えての展開は絶妙。
途中までは、主題が対談ということで絞りきれていない様に感じるが、最後宇宙の項で収束している点は素晴らしく、爽やかな読後感は秀逸である。
ゲストとの絡みは最初はぎこちないが、そこは藤崎さんの絶妙の誘導で長沼先生が饒舌になる頃には3者のハーモニーに読者は一気に引きづりこまれる。
しかし、専門の生物は当然だが岩石、物理、そして化学まで長沼先生の博識の高さには舌を巻く。
生命誕生をテーマにした科学書は沢山あるが、ここまで読みやすく、またもっと読み続けたくなる本は他には無いであろう。より専門性の高い科学書に読者を導く最良のガイドブックといえる。
深海のパイロット (光文社新書)
しんかい2000/6500の本というのはとても少ない。JAMSTECのホームページなどの記載もたいした量がない。本書は大変貴重な記録★★★★★。
ただし新書にも係わらず、しんかい2000/6500の潜航の話に加えて飽和潜水の話題があったり、学術成果の話があったりして、貴重な潜航の記録を期待して買うと編集方針がいまひとつ★★★。
海洋探査について日本政府の力が明らかに抜けてきていることが良くわかる。国として有人潜航艇は二つあるべきではないかと思うが、しんかい2000は事実上運航終了。
船体の設計について運用の経験の反映が少ないのは技術継承として気になるところだ。最初から6K(6500)のマニュピレータが操縦者に受け入れられないものだったり(p.49)、あいも変わらず主プロペラがついていたり(p.168)。6Kのおでこも相当に大きいけど、あれだって本当はレイアウトは変更できるんじゃないだろうか。
有人対無人の論争は宇宙開発でもある。残念ながら本書での意見は予算を取れるだけの説得性のあるものとは思われない。「限られた人しか行けない」というところを突破する必要があるのではないだろうか。しんかい6500より、しんかい2000より、しんかい1000で20人乗りはどうだというような広い議論を含む編集が欲しかった。