日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)
「慰安婦」制度が問題となってから、かなりの時間がたとうとしている。しかし日本では相変わらず「公娼だった」「自由意思だった」などのヘイトスピーチがまかり通り、首相ですら「強制連行はなかった」と発言するような状態である。
この本は、日本軍戦時性奴隷制度を一貫して研究してきた良心的歴史家による、要点をついたよくわかる本であり、大学受験風にいえば「これ一冊でOK!」のような本である。決して高くもないので、ぜひみなさんが手元に置いておくことをお勧めする。ネット上で歴史改ざん主義者の議論をみかけても、この本を読んでおけば簡単に論破できる。
従軍慰安婦 (岩波新書)
日本が体験した近代の戦争は、様々な角度から史料が発掘・収集され分析・考察が加えられている。歳月の経過は体験の忘却や史料の逸失を招くが、反対に時を潜ることによって見えてくるものも多い。従軍慰安婦の問題はその最たるものだろう。女性蔑視、植民地蔑視の価値観が無意識裡にも支配的だった戦後しばらくは埋没していた事実が、1980年代になって顕在化したのは価値観の変容が大きな要因にちがいない。元従軍慰安婦が名乗り出てそれに社会が衝撃を受けたのも戦後40年という歳月をかけた意識状況の変化を必要としたのだ。
本書は、日本軍が主導して占領地に設けた慰安所を公的文書、将兵の日記、体験記などの史料をもって詳細に明らかにしていく。慰安所の創設は第一次上海事変が勃発した1932年であるとし、日中戦争の長期化、太平洋戦争の開始と拡大とともに慰安所が増殖していく経過をたどる。
慰安所が設けられた理由は4つある。強姦事件を予防する。性病罹患を防ぐ。将兵に慰安を提供する。防諜対策にあてる。派遣された最大200万人の日本軍将兵の性欲処理は、軍当局にとって重要な課題であっただろうが、公娼制度があった時代であるから、軍が管理する慰安所の開設は必要悪として当然視されたことは容易に想像できる。
慰安所の実態についても当事者の記録や体験記からうかがうことができる。
慰安婦の人数や出身地、徴集方法の全貌は明確ではないが、史料や当事者の証言から推測できる。日本人慰安婦は娼妓出身であり自発性の関与もある程度認められるが、多数を占めた朝鮮、台湾の慰安婦は一般人であり、目的を偽られたり借金で縛られたりした者が多い。徴集に直接関わったのは民間業者であるが、現地の警察や憲兵隊の黙認あるいは公認がなくては実施できなかっただろう。それは取りも直さず上級の指令があったからだろう。
占領下インドネシアで日本軍が設けた慰安所は、収容所のオランダ人女性を強制的に慰安婦にした。戦後のBC級裁判では、日本軍将校13人が有罪になり1人が死刑に処せられている。その裁判の記録も紹介されていて衝撃を受けた。
敗戦後の日本で対連合軍用の慰安所が日本のリードで開設されたというのには驚いた。また各国軍隊の慰安所にも触れられる。巻末には詳しい参考文献一覧がある。慰安所と慰安婦について知り考えるためのガイドとしてコンパクトながら密度の濃い書である。
「慰安婦」問題とは何だったのか―メディア・NGO・政府の功罪 (中公新書)
いわゆる旧日本軍の「従軍慰安婦」に償い金を支給する「アジア女性基金」の理事を務めた著者が、同基金について、慰安婦の存在を否定する右派と国家賠償を求める急進左派の間で政治的駆け引きの道具にされ、事業には困難を極めたが、一定の成果を挙げた、とするのが本書の主旨。
著者は、慰安婦肯定派の中でも穏健な立場を取り、国家賠償は現実的ではなく、元慰安婦は高齢でもあり、一刻も早く真摯な謝罪と金銭補償を行わなくてはいけないとして、政府・国民による基金による解決が望ましいとし、同基金の理論的にも実務的にも主柱として活動した。
私のスタンスは慰安婦否定で、いわゆる強制連行による慰安婦の存在を信じて疑わない著者はあほかと思うし、放っとけば自称慰安婦は死んで問題は終息すると思っているから、アジア女性基金の設立は村山左派政権の残した負の遺産だと思っている。しかし、本書を読んで、同基金について外交戦略上における多少の意義を見出した(それは著者が意図する説明とは若干異なるが)。まず、1つ目は5カ国350人以上の元慰安婦に金を支給したことで、国際的に連帯しつつあった従軍慰安婦国家賠償運動を分断し、韓国1国に封じ込めることに成功したこと。2つ目には償い金支給の際、首相の謝罪文を合わせて渡し「既に金も渡した上、首相も謝罪して大半の元慰安婦は納得し、道義的責任は果たした」と慰安婦問題で国際的に納得させるだけの弁解を可能にしていることだ。今、米国で慰安婦決議が話題になっているが、本書を読むとなぜ、日本政府は同基金の実績をアピールしないのかと思う。ちなみに元慰安婦も謝罪文を大喜びで受け取ったり、金をもらって家を建てたり、それなりに満足したようだ。
慰安婦肯定派も否定派も同基金に否定的な人が多いのだが、肯定派には道義的な意義が、否定派には戦略的意義があったことを本書で知りうる。