故郷~文部省唱歌集
藍川氏は「これでいいのか、にっぽんのうた」などの著書を見ればわかるが、日本歌曲を日本語の発音に無頓着に歌われている現状に問題意識を持っている。
日本語本来の発音の美しさ、正確さに人一倍野こだわりを持っている。
俗に言う文部省唱歌というものは、やはり学齢期の子どもたちを対象に書かれたものだからだろうか、やはり気楽に軽く歌われる傾向が強いように思われる。
しかし、氏はいたって真剣に真摯に文部省唱歌と向き合っている。
日本語の発音についても、しっかりと発音されているのが分かるし、楽曲を省略や変更することなしに、オリジナルの原点を尊重している。
文部省唱歌は製作段階からいろいろと著作の問題などでいろいろ問題をはらむ要素も含み、オリジナルの尊重というと一筋縄ではいかないところももちろんある。
しかし、できうる限りオリジナルの尊重をしており、これだけ文部省唱歌を大事にしている歌手も実のところいないのではないかと思う。
以前「木下恵介」作品集のCDは酷評をしたが、このCDに関して言うならば、日本歌曲の芸術性の尊重がプラスの方向へ働いているように思う。
木下作品集では、やはり作曲の過程が映画音楽や大衆音楽であり、それを考慮するならば芸術性の尊重がそのまま大衆音楽などを下位に位置づける価値付けが行われてしまう危険性をはらむし、実際にそうなってしまっていた。
俗に芸術歌曲と言われる楽曲とは違い、楽曲それ自体からそれらが作曲され歌われる文脈性を排除してしまうことによって、価値が大きく変わってしまうものであり、楽曲そのものが持つ芸術性の尊重のみでは歌いきれない要素を持つのだ。
そもそも楽曲そのものだけでなりたっている歌曲の方が少なく(厳密にいえば存在しえないかもしれない)、作曲され歌われる背景から歌詞の内容を問わなくてはならない、またその時々の歌手や聴衆の存在も、歌曲の価値を左右しえる。
しかし、文部省唱歌の場合はいわば官製歌曲であり、そういった価値付けの問題をはらむ危険性が少ない。
それゆえに、CDを聞いていても木下作品集を聞いていて感じた疑問や葛藤などを感じないで、藍川氏の問題意識が歌唱にそのまま反映されていることを素直に聞くことが出来た。